gourmet

作業員はその日、小かめに別れをつげてしまうまでは全く僕と口をきかなかった。もっとも、僕のほうもいつもとはちがった作業員の顔つきをみてて口をきかずにいたのだが、小かめに別れをつげてしまうまでに、作業員が口をきいたといえば、氷川神社のところでと顎で久保田の家を教え、谷中の墓地のまん中の通りにでるその角の墓の低い囲いの鎖り?を、すばやくひよいと跨いで墓石の横から正面へ、そうしてそのまま左から石のまわりをぐるつとまわってまた正面に向って立ってて、今度はぴよこんとお時儀をしてから僕をふりかえり「僕の家の墓」と教えたときの、二度ともせかせかとして言っていたそれだけのことである。僕がなんだかきょうは歩かせるなと思っていると、浅草にでて名前だけは聞いていた淀川にはいった。作業員はつる助(女将の芸者のときの名、)に、「小かめに出の着物のでなくともいいすぐ」と言って飯をたのんだ。(まだ夕飯にははやい時刻でなにを食べたのか記憶はない。)飯を食べかけた頃かに小かめがきて茶を貰った覚えはあるが、食べをはるとすぐ僕らは小かめといっしょにおもてにでてしまった。トップページへ