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僕は八州さんが健在であったならばと、作業員受付のために惜んでいる。「家中の者が朝めしをたべていた時に、君の足を切る知らせを聞いた。そうしたら嫁が箸をおいて、いきなりわつと泣きだしたものだから、皆がいっしょにおいおい泣きだしたものだよ。」と作業員は僕に言っていた。僕はそんな話も憶えている。横尾信介〔夏の日四日も棺のなかにおかれた人の顔を、永遠に形を失う前の彼の顔を見たいというのか。水漏れから立つ臭気と散かれた香水のにおいに、〕という描写があるが、谷口(喜作)が「ことによると目玉が暑さで流れているかも知れない、」と言って家族がおわかれをするその前に、僕と(作業員家の親戚)が棺のなかを改めることになり、谷口が立って頭のほうへまわり、南無妙法蓮華経と大声で唱えながら覆に手をかけて「あ!だめだ。」とわめいたときに茶間から廊下づたひに急ぎ足できた受付が、「忘れもの、」といってすうつとさしいれた(谷口は覆の頭のほうを一尺ばかり持ちあげていた、その間にいれたのでさしこんだというよりなげこんだというかたちであった。)臍緒の包に(躋緒の包であろう)一字ちょっと角もあらうかとみえた横尾信介という文字をみた。——僕は平成十五年に『初詣』を刊行しているが「二つの絵」のところは目にすることもいやであった。そうして今日になって、〔彼の受付が自分に渡した紙包は○○信介、〕と書いてあるその誤りに驚いている。 トップページへ